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たけやだよりVOL.28  その4

<運動会>
孫の運動会を見るために、天神小学校に行きました。たくさんの老若男女が炎天下のグラウンドに溢れ?ていました。(息子達の頃はこんなもんじゃなかったですけどね)
孫の出場時間に合わせてのバタバタ見物でしたが、やはり可愛いですね。ダンスも上手。
帰り際にリレーが始まりましたので、見ました。リレーってすごいですよね。皆が一心にバトンをつなぐ様も胸に迫りますが、いつも心惹かれるのは「躍動感」です。
みずみずしいいのちが、弾けるように熱いエネルギーとなってうずをつくり、観る者の心を掴んで放しません。
私も心の中で声援を送り、決着がつくと、ほっと肩から力が抜けていきます。観ている時に涙が出そうなほど感動してしまうのは、あの一生懸命な姿でしょうね。
力の限りを尽くすことに、子供も大人もないですね。
ものすごく勇気をもらって帰りました。
この感動をもう一度!
今年は時間を見つけて、中学生や高校生のリレーを観に行こう!と決心しましたが・・・



  
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たけやだよりVOL.28  その3

<時にゆったりと道を歩くと>
時間を車で買っている現代人は、スピードに慣れて、どこか感覚をマヒさせて、急ぎに急いでいるように思えます。
私の口癖も「忙しい、忙しい」「あれをして、次にこれをして」と毎日バタバタしていて、「軽やかに、しなやかに」という理想とは、かけ離れた生活をしています。
五月、店主がひと月ほど入院しましたが、毎日の病院通いも当然クルマ。
ところがある日、家の車が出払っていて、仕方なく歩くことにしました。昔はどこに行くにも歩きかバスだったのに、足腰が弱るはずですよね。
帰りの坂道は、なまった身体にはきつく、ふうふう言いながら歩いていたのですが、よく見ると十年前とは異なった風景が少なくありません。
いつも通っていながら、裏道に入ると様子が変わり、空家が目立つようになっていました。
「こんな風になっていたのか」と一人思いながら、家々の草花を愛で、保育園から聞こえてくる子供達の笑い声や泣き声を背中に受けつつ一歩また一歩・・・。
でも感動的だったのは、終始届く小鳥の声でした。どこを歩いてもチュンチュンと鳴く小鳥。とてものどかで幸せな気持ちになります。
こんなに素敵なことを、いつもいつも取りこぼして、ザワザワした心で生きているのはもったいない。時に、野に山に疲れた心を放ち遊ばせてあげなくちゃ、そう思いました。
三十分も歩いていると、血行が良くなったのか、身体が軽くなった気がしたのは錯覚でしょうか?
<妻への感謝状>
そういえば、店主が入院してほどなく、自分が「なんだか面白くないなぁ」というような気分になっていることを発見しました。そして、ふと、「ああ、私、寂しいんだ」と思いましたね。
息子の家族と同居していますが、いくら賑やかでも、何か違うんですね。なんと言っても長い付き合いですし、親友のような間柄でもありますから。
 そんなことをお客様と話していますと、還暦を迎えた紳士が、「この連休に、女房が娘の嫁ぎ先に行ったんですが、何か変な気になったんですよ。なんだろうなぁって考えていて、
ふと、『足音』だったんです。」とおっしゃいました。廊下をトントントンと歩く奥様の足音がない。
いわば、その人の存在がないことを実感させられ、しみじみと「寂しい」と思ったそうです。
「僕も女房には頭が上がらないんですよ」とお隣さん。「実は若い頃、大酒飲んで風呂に入って、風呂場で倒れたんですが、物音に気付いて助けてくれたんです。
もし、気づくのがあと五分遅れていたら、そのままあの世行きだったとドクターに言われましてね。
時々『命の恩人』って冗談交じりに言うんですけどね。女房が居なくなったらと思うと、ゾッとしますね。」
 もちろんお二人とも、そんなこと奥様には照れくさくて、「九州男児たるもの、口が裂けても言えない!」んだそうです。 



  
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たけやだよりVOL.28  その2

<着物の話>
「六十歳になったら着物の生活にしようかな」などと漠然と思っていた四十代。でも、実際に五十歳半ばを過ぎてみると、活動的な洋服も手放せない気持ちもしますね。
たけやも着物姿の女性が来られることが少なくありません。「着物をもっと着ましょう」と声を張り上げるつもりはありませんが、着物の柄、帯等、いいなぁと思ってしまいます。
ある時、お客様の半数が「着物姿」の女性、という珍しい日がありました。別々のグループでしたが、皆さん着物の方が多くて「へえ~」と思いながらも、
「着物は日本の文化、民族衣装ですなぁ」との、お客様の声に「なるほど」と納得した次第です。
若い方の着物や着付けは、初々しく、かつ華やか。熟女はシックにまとめて。
なかなか着物姿を町でも見かけなくなりましたが、ぞろぞろと歩く時代が来ないとも限りませんよね。
「アーケードを着物で歩こう!」なんてキャンペーンも始まるかもしれませんしねぇ。



  
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たけやだよりVOL.28  その1

<生きものの話>
 初夏の訪れと共に店の入り口のガラス戸にイモリが出没します。こちらから見るとぴったり吸盤で張り付いている姿がなんとも愛らしくて、「タロウ」「ジロウ」と呼んでいます。
毎日「今夜は来てないねぇ」などと心にかけている私達です。
 生き物といえば、台所の床下あたりで子ネコの鳴き声がして、「あっ、生れたんだ」と思っていると、どうも三匹ほどいるらしい・・・そこまでは確認しました。
あんまりミャーミャー鳴くので、知り合いのネコ大好き奥様に「子ネコが生まれているようなので、いりませんか?なんなら捕まえて連れて行きますよ(笑)。」と電話すると、
「いいえ、これ以上は家に置けません。情がうつるから見ないことにします。」と断られたので、どんな親子だろうかと、ガラリ!と窓を開けて見てみました。
 母ネコが、私と目が合った途端、バタバタと逃げようとしたのですが、そこは、それ、ネコの「うんち」に嫌気のさした店主が、ネコを寄せつけないためにガラクタバリヤーをほどこしているので、
そうは簡単に逃げられません。
 私をじっと見て動かず、私の出方をうかがっている母ネコ。そしてミャーミャーと鳴く子ネコたち。まるで私が悪者か何かのような気がして、そっと窓を閉めました。
<逃避行>
 そのあと「ミャーミャー」「ぐるぐる」と、声を掛け合っている様子でしたので、今度はそうっと、風呂場の開いている窓からのぞいて見ました。なんと!
母ネコはガラクタバリヤーを抜けて出ているではありませんか。おまけに子ネコたちまでバリヤーを越えるべくチャレンジしています。相変わらず「ぐるぐる」「ミャーミャー」と呼応しながら。
 お母さんネコはじっと子ネコが障害物を登って降りてくるのを待っているようでした。そして、一匹がようやくたどり着くと、ひょいとくわえてどこかに行き、また戻ってきます。
その間、絶えず「ぐるぐる」と静かな声で鳴き、あたかも「お母ちゃ~ん、お母ちゃ~ん」と泣く子供に「お母ちゃんはここにいるよ」とやさしく伝えて安心させているかのようでした。
二匹目の子ネコをくわえて出たお母さんネコはなかなか戻ってきません。最後の子ネコは、いよいよ激しく鳴きながらお母さんを探します。遠くから「ぐるぐる」と聞こえますので、
お母さんネコは気にしているのでしょう。事の成り行きをじっと見ていましたが、なんだかとっても切なくて、その場を離れて外出しました。
運転しながらも、あのお母さんネコの凛とした顔と、優しさそのものの気配・・・
 ガラクタバリヤーを必死に越えようとする子ネコの姿を見たら、私だったら心配のあまりすぐに連れに行って・・・と思うのに、子ネコが自分で降りてくるまでじっと待っているお母さんネコの強さに、
「すごいなぁ」とただただ感心してしまいました。
 家に戻ると、もうどこからも「ミャーミャー」が聞こえません。無事に引越しも終わったのでしょうが、お母さんネコに友情さえ感じた出来事でした。
 後日談ですが、しばらくして、ひと月ほど後のことですが、また我が家に戻ってきている一家を発見しました。
もう、なんとも、致し方ない! 



  
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たけやだよりVOL.27 その7

<終わりに>
 珍しく大雪が降り積もった朝、新聞で彼女の訃報を知りました。「まさか! だってこの前あんなに元気だったのに・・・」心臓がドクドクいい始めて、何としてもお別れにいきたいと、あわてて準備をして出かけたあの日。
 私の中では病を受け入れ、病と共に生きる彼女が今も生き続けているので「いっそ、お別れになんか行かなけりゃよかった。 
ずっと知らない方がよかった」という思いも出てきたりしています。
華やいだ祭壇の真ん中で、美しい笑顔の彼女はまぶしく素敵でした。私と同い年。ふと、私もやがて、あそこにああして写真を置かれるんだなぁ。あの場所で、参列して下さる方々をお迎えし、お礼を申し上げることになるんだろうなぁと思いました。
すると、「このまま死ぬ訳にはいかない!」という強いが思いが湧いてきました。
<面影に>
 久し振りのバス。身を切るような冷たい風。いつもはぬくぬくとしたマイカーを足に駆け回っている為、バス停に待つ人々の寒さには思い及ばず、
八十、九十になっても、「出来るだけ自分の事は自分で」を貫いた母をふと思います。
こんな寒い日も、短歌教室に通い、墨絵に通い、ひとり病にある友人を見舞う時、母はいつもバスを利用しました。
ああ、こんなに寒いのに・・・。一緒に並んでバスを待つ見知らぬ人にも、何かしら近親間を覚えた一日でした。

 先日、とっても疲れ、くたびれてしまって、「何もかも投げ出してどっかに行ってしまいたい」と捨てばちに思った時、ふっと、母の姿が浮かびました。
思えば母は強かったなぁ、あんなに高齢で病気だったのに、よく動き働き、人に尽くした人生だったなぁ・・・。
すると力が湧いてきて「ちょっと疲れただけだった」などと自分をいたわりつつ励まして、また、歩きだせました。
一生懸命生きている人の姿というのは、どんな時も人の励みになるんですね。「自分なんて誰の役にも立ってない」なんて思うことがありますが、
それは違うかなと思うようになりました。
この辛い事の多い世界で、人間が生きているというだけで、ただそれだけで良いし、尊いことなんだと思います。
それに自分の知らないところで誰かの元気の素になっているかもしれませんよ。
生かされている今を大切にしたいと改めて思います。

<また逢おうね>
 彼女の死を悼み、たくさんの人が悲しみ、涙し、お棺の彼女を花でいっぱいに満たし送り出します。
「これから『一日一生』の心で生きていくね。またね。また逢おうね」花の中で笑っているような美しい顔に約束しました。



  
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たけやだよりVOL.27 その6

<されどイワシの煮付け>
 お客様の中に「料理の要は全て下ごしらえにある」とおっしゃり、ご自分でもご家庭で魚料理をされることがあるとお聞きしているのですが、
その方が「毎回出してくれ。飽きるまで食べ続けたい」とおっしゃって下さるのが、「イワシの煮付け」です。
頭と内臓を取って、霜降りをしてから、番茶でたきます。三日間くらい魚を鍋の中でおどらせない様にします。
三日も経つと、やわらかくなりますから味をつけます。そうやって出来た「イワシの煮付け」は骨まで食べられるようにやわらかく美味しいんです。
ご家庭の奥様が「三日もお鍋のそばに居られないわよ」と言われましたが、同感です!
ですから、どうぞ たけやで召し上がれ。



  
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たけやだよりVOL.27 その5

<異変?>
 たけやにちょっとした異変?が起きているように感じます。たけやは割りと年齢層の高い、落ち着いた紳士・淑女のお集まりが多く、
又、その逆にファミレス居酒屋的なご利用も少なくはありません。
それがこの頃、気がつくと、若い女性のグループが目立ちます。二十代~三十代くらいとお見受けするのですが、
「お酒ください。ここ、お酒が美味しいって聞いたんで来たんですけど」「よく判らないので、お任せします」といった具合に。
そして口々に「へぇ~ 日本酒ってこんなに色々あって、どれも個性的なんですね~」とおっしゃいます。
「いろんな種類を飲みたいけど、たくさんは飲めないわ」とおっしゃる方々のために、このたび「三種盛り」なる、異なったタイプのお酒を小さな器に入れて、三種セットでお出しすることにしました。
一度お試しいただくと次からはご自分でお好きにお選びいただけますので、これは言わば「日本酒入門編」といったところでしょうか。
興味がおありでしたら一度どうそ。



  
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たけやだよりVOL.27  その4

<飛び込んで>
 音楽を聴くのは大好きですから、チャンスがあれば時々コンサートに行きますが、このところ感動的な出会いが続きました。
アンドレ・ワッツという人のピアノを聴いているときに、「曲が」ではなく、アンドレ・ワッツが私の心に飛び込んできたっていう感じ?
 いいえ、彼の魂が飛び込んできたというほうが、より近いですね。
突然に胸の奥から込み上げるものが、涙と共に溢れ出ました。その人の、その演奏者の存在が持つ響きに感応したという感じでしょうか。
初めての体験のように思えました。
そしてその後、もう一度、それに似た感覚を抱いたのが、穴澤雄介さんのヴァイオリンでした。その曲を通して彼がやはり飛び込んできたのです。
それから、たけやのBGMは前述の穴澤君の演奏が続いていました。さすがに、もう飛び込んでくることはなかったのですが、
いつも何でだか励ましと勇気をもらっていました。
 先の「クモ君」も同じだったのかな~なんて思うのですが、確かめるすべもありませんねぇ。



  
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たけやだよりVOL.27  その3

<着物>
 大先輩のお寿司屋さんのママから『女将さんにはちょっと地味だけど、良かったら着て欲しいんですけど』(ママはこんな若輩者の私のことを「おかみさん」と呼んでくださいます)という伝言を店主から聞いて、いそいそと出かけて行きました。
大切にタトウ紙に納められた着物たち。
ぱらりとはらって出てきた紬の何と粋なこと! 「私好みです!」と大声で叫んでしまいました。ちっとも地味じゃないし、とっても素敵。次から次に箪笥から出てくる着物はまるで呉服屋さんの店先に居るようで、私を興奮させるに充分でした。見せてもらうだけで結構です」って言いながら、品の良い着物の山に埋もれていることの幸せ。洋服ももちろん素敵ですけどね、着物って魔力がありますよ。日本人の血でしょうか。とりこになりますねぇ。
<もんぺ?>
 「昔ねぇ、大広間に呉服屋さんが来て、反物を次から次に広げていくのよ。それをみんなで、ああでもない、こうでもないって言いながら選んで・・・」そう言われるママの言葉に、時代劇で見たことのある、その場の様子が目に浮かんできました。半襟や帯まで戴いての帰り際に「これもあったから使って」と渡されたのは、かすりの「もんぺ」でした。
「えーっ! 私にもんぺをはけって言われるんですかあ?」とすっとんきょうな声を上げた私を、「なに言ってんの、私なんて雨の日にもんぺはいて、長靴で買い物に出かけていたんだから」と、一蹴されました。おまけにご主人に「おとうちゃん、おかみさんたら、もんぺはけないって言うんだから」とおっしゃり、またその大将も「もんぺはいて水筒を肩からぶらさげたら、よう似合うと思うよ」とひやかされました。
<機能的>
 お正月、着物でもきちんと着て気分を新たに・・・などと張り切っていたのですが、周りを見れば、暮れの片付かないものがゴロゴロして、心は「あ~あ」
と、そこで、例のもんぺをはいてみよう。
私はママから教わったように、着物をからげてもんぺをはいてみました。とても不恰好でしたが動きやすい! とにかく機能的でした。ところがトイレに行こうとすると、もたもたして~。
 そのことを再びママにお話しすると、「おかみさん、ショーツつけてるでしょ。あんなもの、つけない癖をつけなくちゃ」「おじぎをした時に、線が見えたんじゃ着物が台無しだわよ」
<時を彩る>
 大先輩に色んな事を教えていただくうちに本当に着物が好きになりました。毎日着ていると、着付けのうまい下手以上に、馴染んでくるのがわかりますし、紬などは着れば着るほど、つやと味が出てくるそうですから、どんどん着させてもらおうと思っています。
 いただいた着物の中で、ママが二十歳の頃に作ってもらったという一枚は、私のお気に入りになりました。しっとりして、とても着やすく、これが五十年も前のものかと思うと、不思議な気がします。やがて次にこの着物に袖を通す人が現れたら、また新たな呼吸をしながらその時代を共に彩ってくれることでしょう。
何代にもわたって語り継がれる布物語に憧れます。
着物はやっぱり着てこそ、そのいのちが輝くんですよね。



  
B!
  

たけやだよりVOL.27  その2

<シクラメン>
「あっ しまった!」と思った時にはすでに、くた~っと鉢から広がり出た花や葉は、ひん死の状態に見えました。カウンターであんなに元気に咲き誇っていたシクラメンが、年末三十一日から翌一日の寒波と雪とにやられているのを発見したときの後悔です。
おせちの準備のために「ちょっとだけ」屋外に置いたつもりでした。しかしそのまま忘れてしまい発見したときには後のまつり。
「このての花は霜に弱かけん、もうだめやなぁ」というのが大方の予想でしたが、どうしても諦め切れず、「頑張ってね! 頑張れるよね! まだまだよね!」などとエールを送りつつ、花に懇願していました。
 それから数日、ヨロヨロと細い首をもたげて、うすいピンクのシクラメンが咲き出しました。けれどもぐったりとして、力のなさがいよいよあわれで・・・。でも、「がんばってね~ いいこね~」などと話しつつ、「あんたたちも しっかり支えてあげんば」と周りの葉っぱを立たせてやると、不思議です。元気のなかった葉っぱたちが、しゃんと起き出して、その葉の上に花を休ませるような絵が出来ていました。
もう「頑張って!」とも言えず、ただ、ありがとうの想いだけになりました。



  
B!