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たけやだよりVOL.30  その2

<パニック>
三年くらい前から時々、車の運転中に、突然に、どこからともなくやって来た 
ものすごい恐怖につかまれて、頭の中が白くなった感じで気分が悪く
「あ~~倒れるかも知れん!」とパニックになることがありました。
半年くらい前の「弓張トンネル」のなかで、私は発狂しそうな?ほどの恐怖を味わい、ちょうど一緒に乗っていた友人の励ましで、ようやくその危機を脱したのですが、
家に帰りつくまでの道路でも恐怖は続いていました。それからは夜道や高速道路も、「また起こるんじゃないか」という妄想に駆られて、
運転も辛いものになりつつありました。
<飛び込んで>
年明けに、人生の大先輩から「逃げていては一生乗り越えられませんよ。飛び込んでみたら、そこにはただ『生きる』ことがあるって、
祈りのみち(高橋佳子・著)に書いてあるでしょう」とおっしゃって頂きました。
私は「新・祈りのみち」が大好きで、その部分『背負うべき不安は、恐れてばかりいないで背負ってみるべきです。
不安と恐れの中に飛び込むなら、そこには、ただ「生きる」ことがある!』は何度も読んで知っていました。
知っていながら、そう生きてみようとしていなかったことに、何かしらこの時、大きなショックを受けたのです。
<恐れを勇気に変えて>
翌日、意を決して私は、お弁当の配達もあり「弓張トンネル」に向かいました。
なぜか心がとても落ち着いていて「ひょっとして、もう恐怖を超えたのかな?」と思うほど静かな心でした。
ところがトンネルに入ってみれば何のことはない、やっぱり怖くて怖くて!・・・
でも、「怖さも味わおう! 恐れを勇気に変えなさい!」と自分に大声で言いながらなんとかトンネルを出ることが出来ました。
帰りもトンネルを通ったのですが一日分のエネルギーを使い果たしたような疲れ方でした。
姉が「無理しないで少しづつ慣れたほうがいいよ」と言ってくれたので、翌日から行きだけトンネルを通るようにしました。
毎日毎日トンネルを通り続けました。
時に「帰りもトンネルを通ろう」と思えるようになったのは、心が「逃げ」を感じたからです。「逃げたらダメ。もう私は逃げない。
ここで逃げたら私は色んなことにチャレンジ出来なくなる」と思いました。
ある日、長男が一枚のCDをくれました。「月光」という曲の入ったアルバムでしたが、
その音楽を聴きながら、そのメロディーに乗せられるように自然にトンネルを通っている私がいました。
最初の頃は、音楽も何も耳に入らず、かえって邪魔になるほどパニックになっていたので、その時もどうかなと思ったのですが、大丈夫でした。
<試練は呼びかけ>
必ずこのトンネルを通るように?この配達の仕事を与えて頂いたこと、周囲の励まし等々、すべてが、ありがたくて、ありがたくて、泣きながら運転している日もありました。
「試練の中に飛び込んでみると、大切なものが見えてくる」
「人は試練を通して本当の自分と出会える」
約二ヶ月間のトンネル修行は、このことを実感させて頂く有り難い時間となりました。
いろんな試練が来ても、「もう逃げない」と思えるような心の準備をしていただいた今回の出来事かなとも思います。
ということは、もっともっと大きな山が来るのかな?
 でも、鍛えてもらいましょ! 頑張ります。



  
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たけやだよりVOL.30  その1

<ようこそ>
 お陰様で、たけやには長い時をご一緒して下さっているお客様がかなりおられます。
たけやだよりをお送りする時も、お顔を思い浮かべられる方々も決して少ない数ではありません。
 年の瀬に、仲良し壮実年層のご夫婦が三組ご来店くださいました。少し前には北松浦郡と呼び、
「佐世保のチベット」等と耳にするほど気温の差のあるところです。

下京町時代からも楽しいグループで、こんなへんぴな山の中までも来て下さって本当にありがたいことです。
 この日は女性群も「今日は飲むぞ」という気合の入り方で、いつものように二升くらいはサッサと飲みあげる勢いでした。
何種類かのお酒を楽しんでいらっしゃいましたが、お料理を運んで行って驚いたのは、
女性たちは器の上蓋に、なみなみとお酒をついで杯にして楽しんでおられました。
かなりの酒豪とは存じておりました。しかし、酒豪なのに、なんともしなやか。お年の頃は、私より少し?下かなっていう感じですが、
どうしてどうして、なかなかの肝っ玉母さん。
そして、何度も言うようですが、雰囲気が軽やかで、しなやかなんです。
私好みだからそう思うのかもしれませんね、とっても素敵な方々です。
 このグループは日常生活でも助けたり助けられたりの、家族のような絆で結ばれた方々なんだろうなとお見受けしました。
こうした絆の輪がどんどん広がっていったら孤独な人がいなくなるのになぁと思いました。



  
B!
  

たけや如月だより

<たけや如月だより>
新しい年を迎え早ひと月が経ちました。皆様には雪にもこの寒さにも負けず健やかにお過ごしのことでしょう。
たけやが改装オープンしてふた月ほどになりますが、通常の営業に加えて、毎日のお惣菜等の準備でバタバタです。
どうぞ今年も宜しくお願い申し上げます。
<ごあんない>
★季節を味わって頂く、お任せコース料理
1人様3990円(税込み)2名様より前日までの予約制は変わりません。
その他にご予算に応じて様々にご準備させて頂きます。是非お申し付けください。
★夜の営業時間が変わりました。
PM6:00~PM9:00(お時間に付きましては様々にご相談ください)

カウンターのショーケースには、牡蠣やサザエ、その他の魚介類に加えて、
好評の「小島しいたけ」が美しい姿で並んでいます。
炭火で軽くあぶって頂きますと香りも美味!
尚、カウンターが5席になりましたので、すみませんが空席のご確認をお願い致します。
寒さの本番はこれからですご自愛下さいませ。



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その7

《新しい十年へ》
たけやはこの地で十年が過ぎ、新しい十年へ向かっての始まりの、この十月となりました。
この十月という月は私共がとても大切にしている月です。何をするにもこの月から。始まりも終わりもこの月から・・・。
そうそう、博多の店を閉じたのも十月でした。
この時に、新しいスタートを切りたいと願っております。これまでの皆様のご愛顧に感謝申し上げますと共に、
新しいチャレンジにもご支援を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

《お知らせ》
これまで献立をご案内しておりました、毎月のコース料理は、
11月より新たに「たけやお任せコース料理」になりました。
これまでの、おひとり様3,990円の他にもご予算に応じてご用意させて頂きます



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その6

《お弁当・お惣菜》
たけやはお弁当とお惣菜を始めようと考えております。天神町も住宅街で高齢化の波が押し寄せてきており、ましてや体の自由が利かない、
食事も偏り、病気も増える・・・といった様相があちらこちらで見、聞きされます。
バランスの良い身体にやさしい、安心・安全、そして美味しい食事を手軽に提供できたら良いなあと思っていたとこ要請があり、では、ということになりました。
 又、それはどこかの見知らぬ困ったお年寄りのためではなく、今は亡き母へのお詫びでもあるのです。
生前、母は自分のことは自分でして、出来るだけ人の手を借りずに生きてゆこうとしていました。
それどころか、九十歳を過ぎても尚、不肖の娘のために少しでも手助けをしてやりたいと、洗濯に、家の内外の掃除にと心を砕いてくれていました。
 その母も食事の事となると、最晩年、「今日は何を食べたらいいのかしら?」と言い始め、おぼんに乗せた食事を一人で食べることが多くなっていました。
それも決して心のこもった物ではなかったと、忙しさにかまけて母のお世話をしてこなかったことで、今も胸が痛みます。
時折、料理人の息子が作ったものを「篤史の料理が一番おいしい。結構なお味でした」と喜んで食べてくれていたことを思い出します。
ろ、友人知人から「いつ始めるの?早くしてちょうだい!」などと若い人でも共働きの方も多いですね。
また、ひとりの食事作りにも気乗りがしないけど、美味しいものは食べたい。食事に行くと高くつくけど、美味しいお惣菜一品買って、
家にあるもの足したら、少しは食卓が華やかになって嬉しい。そんな声がたくさん届くようになりました。
少しでも喜んで下さる方が増えれば、それは料理人にとっても大きな喜びになります。



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その5

《弾いてしまいました》
あれは昨年の暮れ近くだったでしょうか。「お酒が好きならたけやに行ったらよいですよ」と紹介されたとおっしゃって、男性が来店されました。
少し遅い時間で他にお客様もなく、色々お話していました。何の話からそうなったのかは覚えていませんが、「僕には夢があるんですよ」とおっしゃり
「いつか、琴の音色を聴きながらゆっくりこうやって酒を飲みたいなぁと思っているんですよ」
私はその時、何とも言えない気持ちになりました。この方とはもう二度とお会いすることはないだろうなぁ・・・。
思わず「琴、弾きましょうか?下手ですけど、夢のひとつが叶いますよ」と言ってしまいました。
よせばいいのに、カウンター横の小部屋に琴を運びテーブルをズズズ―ッと押しやって、無理な体勢でしたが弾いてしまいました。
今思い出してもどうしてそう思ったのか分かりませんが、「夢」という言葉に心が動いたのかもしれませんね。
そして、その夢なら叶えられる条件を私は持っている。ましてやその場はそのお客様と二人だけでしたから他に迷惑もかからない。「なら、やっちゃえ」と決行したんでしょう。
ところが今年の九月に、そのお客様が再びお越しくださいました。「二度とお会いすることがないからと思って恥をかき捨てて弾いたのに・・・」という私に、
ご一緒されたワインバーの若いママが「でもそのお陰でこうしてご縁がつながって再びお会い出来たんですよね」と言って下さいました。
更に、おまけのような話。
そのお客様とたけやの常連のおひとりが十数年ぶりにその日再会されたのです。「街でならともかく、この天神町で会うとはなぁ・・・」
ホントに出会いは人にはつくれない!



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その4

《真似してはいけません》
大きな声では言えないのですが、着物の喪服と大島紬を洗濯機で洗ってしまいました。絹物ですよ、念のため。
母の葬儀の時に着た喪服にカビが生えているのを発見したのは一年も前のことでした。洗濯に出すと高いしなぁ~と思い、
店主に「喪服にカビふいたから当分あなたの葬式だせませんよ、頑張ってね」などと冗談交じりに言っていましたが、
「もうこの喪服は着なくてもいいかな、いざと言う時は、借り物で済ませようかな」と迷っていました。
そこへ、今年の梅雨です。どうしたことか(手入れが悪かったに違いありませんが)白の大島紬と黒の大島紬の二枚がカビまみれになっていました。
「これまで一度もなかったのに~虫干しもしていたのに~」と言っても後の祭り。さっそく風通しの良い場所につるしておきました。
実はそれしか考え付かなかったので、数日放って置いただけなんですけど。
すると白の大島はなんとか目立たなくなったのです。(私の場合、割ぽう着の下に着るわけですから目立たないと高をくくっています)でも、黒のほうはいけません。
数日考えて「捨てる」事にしました。母が作ってくれたお気に入りの一枚でしたが、ほどいて何か別の使命?を与えようと決心しました。
洗ってからほどくことにしようと考えた私は、乱暴にも洗濯機で洗うことにしました。捨てるつもりになると何でも出来てしまいます。
ただ、「おしゃれ着洗い」用の洗剤と、手洗いコースだけは選択しておきました。
するとどうでしょう。カビは綺麗に落ちていて、おまけに縫い目もそのまま立派な姿で手元に戻ってきました。「へぇーこの頃の洗濯機はすごい!」
でも、決して真似はしないでくださいね。保障は致しかねますので。



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その3

《夏の着物》
今年の夏は暑かったですねぇ。本当に身にこたえました。元気な姉までがそう言うほどですからねぇ。たまらなく暑かったです。
私の仕事着は夏でも着物に割ぽう着ですから、やり切れません。着物には様々な約束事があって、
盛夏に着る「絽」や「紗」というシースルーの着物は九月だけしか着れないんだそうです。
でもあまりの暑さに「かまうもんか」と八月のお盆過ぎには着て店に出ていました。
私は「絽」の着物を持っていただけでしたが、元お寿司屋さんのママから「紗」の着物も戴いていたので、
早く着たいと思って実は、ワクワクして夏が来るのを楽しみにしてもいたんです。
本当に涼しいんですよ。着物でこんなにも変わるものかと思うほどでした。 
そして、昔の人はなんて粋なんだろうと思うくらい素敵です。それ用の「長じゅばん」もあって、地模様が「紗」の着物を通して透けて見えるんです。
もうすっかりとりこになりました。
きっとこの暑さはずっと続くから十月も・・・と思っていましたら、季節は約束どおり秋を運んで来てくれて、九月限りで「絽」も「紗」もサヨウナラ。



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その2

《奈良にて》
奈良は母の故郷でもありますから、特に心惹かれる場所のひとつです。
九月の初め、私はひとり奈良に降り立ち、電車やバスを乗り継ぎ、学園前五丁目に向かっていました。
心細くなった私はバスの中で隣に座ったご婦人に「五丁目は遠いですか?」と尋ねると「どこに行かはりますか?」との返事。
私が「シブレットに行きたいんですが」と言いますと、「ああ、シブレットは美味しいですよねぇ。でも三丁目の方が近いからそこで降りたらいいですよ」と言って、
あわてて降車用ブザーを押して下さったのですが、四丁目に入ったところのようでした。
「すみません、三丁目で降りたかったんですけど」と奈良なまりの優しい言葉に運転手さんは「ここで、今、止められへん」との返事でした。
もちろんそうですよね。
バス停でもなく、両方から車が来ているような場所でした。「仕方ないですね」と私を気遣ってくれたご婦人でしたが、バスがすぐに止まりました。
「あれ?もう五丁目?」と思っていると、なんと!シブレットの店の前でした。運転手さんの粋な計らいで、私は迷うことなく目的地に着いたのです。
皆さんにお礼を申し上げて降りました。
そのことを、シブレットのお店の方に話すと「え~っ?」と驚いておられました
奈良の人は言葉もはんなりとして優しいけれど、心根も温かい。
きっとこの土地にはご縁があるんだろうな・・・なんて思いながら、ますます奈良が大好きになりました。

《大先輩》
「奈良に行く」と言う私に「学園前なら近いぞ、先輩に会って来たらどうか」と店主が言いました。
先輩と言っても店主の大学の大先輩で、私の先輩ではありませんし、最後にお会いしてから、もう長い時が流れています。
私のこと覚えておられないし、逆にご迷惑をおかけすると思い、とりあえずお電話でお声だけ聞かせてもらおうということになりました。
電話から届く声はあの先輩の、変わりないお声でした。懐かしくなって、結局会いに行くことにしました。
待ち合せの場所に姿が見えた時、思わず「お懐かしい。お変わりないですね」と嬉しさがそんな言葉になって出てきました。
「先月九十歳になって、ヨボヨボのじいさんだ」とおっしゃっていましたが、背筋の伸びた、かくしゃくとした若い立派な先輩。
短い時間でしたが、とても心が浮き浮きとしていました。
魅力的な話しぶりに、ダンディーと言うのはこういう人のことなんだなと思いました。



  
B!
  

たけやだよりVOL.29  その1

《晴れの日に》
「おいは誰がなんて言うても、たけやで結納ばする!ここですることば、ずっと憧れとったんやけん!」
ということで、両家初顔合わせとご結納の場にたけやをお選びいただいたのは、料理人の息子と同い年の、
天神のたけやが開店した十年前からお付き合い頂いている方でした。
無作法な私は、やはり色々失敗を重ねながら、でも、ご両家のご両親様の優しさと温かさに助けられ、
お許しをいただきながら会食が進んでゆきました。
嫁にやる父親というのは、どうしても満面の笑みという訳にはいかないのでしょうが、
幸せそうなお嬢様のご様子に、だんだん諦めざるを得ず
(でも、ご自身も大切なお嬢様をお嫁にもらって相手方のお父様に寂しい思いをさせたんですからね。
男の人は、そのことを忘れてしまうんですね)場は、なごやかで、いつまでも一緒にいたいという雰囲気が醸し出されていました。
私が一番心に響いたのは、お嬢さんが「とても心のこもったお料理でした。それが伝わってきました。有り難うございました。」とおっしゃた言葉でした。
息子はこの日のために、様々な条件の中、色々考えて献立を準備しておりましたが、料理に込めた想いが相手に伝わり、そのことを喜んで下さるなんて、
これ程ありがたいことがあるだろうかと思いました。
ひとつひとつの料理を通してお客様のお慶びを共にお祝いさせて頂く。
「どうしたらお客様に喜んでいただけるか」「やれるだけのことをきちんとやる」
いつの間にか息子の口癖になっています。「自分は不器用だから勉強して努力するしかない」と言いますから、
これからも厨房の隅のほうで献立を立て続けることでしょう。



  
B!