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たけやだより vol.46 その2

〈ひとり飲み会〉
 決して自慢話をしようと思っているわけではないんです。
この感動をお伝えしたい!それだけなんですよ。
今日はオフで、夜の予約もなく、たまたま空いた時間でした。
「ちょっとお酒でも飲んでみよう」と思いまして、
何種類か盃についで、カウンターに並べてあれこれ飲んでいました。
(うちには売るほど沢山のお酒がありますんで・笑)
中でもこの日の「竹葉の たれ口」には感動しました。なんて美味しいんだろう!
まてまて、こんなお酒は常温に戻るまで置いてみよう。
 私はどちらかというと、淡麗より、濃い目のお酒が好きですね。
無ろ過のお酒や、古酒もよく頂きます。
つまみを食べないとお酒が飲めなかった私ですが、「たれ口」には、つまみがいらないんです。
お酒だけがグイグイ入ってきて。
血は争えないですね。父親は大酒飲みでしたし、やはり私も呑める口だったって事ですね~。
常温に戻った「竹葉」!
なんていいお酒なんだろう。
「たけやって、こんなお酒があるんだ。
いい店だなぁ」って、素直に思っちゃいました。
ご注意申し上げますが、このお酒は二〇度くらいあります。強いんですよ。
 最後に「順番が違うけどなぁ」と思いながら、「蒼田の夏酒」を飲んでみましたが、
逆にフィニッシュ感があって、気持ちよく本日のひとり飲み会を終了することが出来ました。
でも本当に私にとっては珍しい飲み会なんですよ。
もうすぐ寝てしまいます。
仕事は明日に先延ばし。
休みなさい。



  
B!
  

たけやだより vol.46 その1

〈嵐〉
花に嵐は付き物だといわれていますが、今年の春の嵐は凄まじいものがありましたね。
これから桜祭りをしようと楽しみに計画を立てられていた地域でも、
桜の花びらは散ってしまい、中止ということが少なくないようでした。
まるで台風のような雨と風に、無残にも散って道路に張り付き、踏まれた花びらたち。
中には、小枝もいくつも混じっていて、嵐のものすごさを語っているよいうでした。
気を取り直して、桜の花びらを掃き寄せている私に、道行く人達が声をかけて下さいます。
「桜は咲くのは綺麗だけど、後がねぇ~、ご苦労さん」とご高齢の男性。
「待ち長かったですねぇ~。枝ぶりもとても良くて、
あんまり美しかったから、たけやさんの看板と一緒に撮らせてもらったんですよ。」
「桜は後の始末が大変ですね。まあ、ボチボチと、ね。」等々。
 これから赤い軸が落ちてしまうと、青々とした若葉が、
ゆっさゆっさと初夏の風に吹かれ気持ちよさそうに揺れて、
道行く人達を爽やかな気分にしてくれるんでしょうね。
 四十年以上も前に「イセ子お母さん」が植えて下さった大切な桜の木です。
ご近所の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、来年の桜の花に出会うまで、またお見守り宜しくお願い申し上げます。
追伸・ご近所さんから、額に入った素敵な桜の写真を頂きました。
ちょっと季節はずれですけれど店に飾らせて頂いています。
「もう少しの間、いいかなぁ~」なんて思いながら。



  
B!
  

たけやだより vol.43 その4

(終わりに)
 細い道を走っていた時です。
向こうから来た車をよけようとして、左側を塀で削ってしまいました。
ガリガリガリリ
この音を聞いた瞬間、あのなんともいえない
嫌な気分が襲ってきました。
でも、とたんに解りましたね。
「ああ、呼びかけだ」って。

 この日も、昼前に契約のお弁当を配達に
出ました。
店主は西へ、そして私は東の方面へ。
十一時半からはランチの時間です。
「でも今なら間に合うかもしれない。午後からは出かけなくちゃあならないし、
これを済ませておけば後が楽になる。今のうちに買い物にも行っとこう。」

 いつもこの調子だったなぁ。
今でなくてもよい買い物だったし、何よりも、早く店に戻ってお客様をお迎えする準備を整えなくてはならないのに・・・。
間に合わない事だって充分に考えられる時間だったのに・・・。
「今、何が大切なのか」
「一番大切にしなくてはいけないことは何か。」
このことが解らなくなってしまうんです、
効率効率。そして、忙しい忙しいの魔法の罠に捕まって・・・。
 そして更に、「息子がちゃんとしてくれているだろう」という予定調和的な、何の根拠も無い
「大丈夫」というこの依存の感覚。
 これは無自覚な責任放棄ですよね。
「誰かが何とかしてくれるだろう」という気持ちは根強く私に張り付いていて、なかなか剥ぎ取ることが出来ません。
それ程、いつも恵まれてきたんですよね。
クルマぶつけるまで解らないんだから情けない。
しかしせっかく「とどまりなさい!」と警告を受けたんですから、新しい私になるように、挑戦します。
大切なことを見極め「今」に応えることができるように。
慣れに陥らないように。
もちろん安全運転にも気をつけます。



  
B!
  

たけやだより vol.43 その3

(営業のごあんない)
たけやの営業スタイルがどんどん変わり、
お客さまの中には「混乱しているよ」とおっしゃる方もおいでになります。
まずは、夜の営業が完全予約制になりました。
これは予約しないと店に入れないのではありません。ご予約を頂いた日だけ営業をさせて頂くという事なんです。
つまりご予約の無い日は仕入れをしないということになりますので、きちんと料理をお出しできないわけです。
 そしてランチです。お蕎麦のランチは
毎週水曜日、日曜日、祝日がお休みです。
蕎麦ランチ以外の会席料理等は、昼もご予約
のみとなりますので、あらかじめご用命下さいますようにお願い致します。

(たけやの串焼き復活!)
 今でも、「たけやの串焼き食べたいな」と懐かしんで下さるお客様も少なくありません。
実は私も大好きでした。
 現在は完全予約制にしておりますので、
串焼きを入れたコース料理も準備させて頂くことにしました。
炭焼きになりますので、少々お待たせするかもしれませんが、店主が
「また焼台の前に立つ事になるなぁ」と申しておりましたが、まんざらでもない様子でした。
 でも・・・私の仕込が増えますよねぇ・・・。

(たけやのコース料理)

 ご予約を頂く際にメニューがはっきりするほうが便利ですよね。串焼きも増えましたので
コース料理も細分化?してみました。
 料理の内容につきましては、ご予約の際に
お確かめいただきますように。
また、コース料理の中には、デザートが付いていないものもあります。これにつきましては、
別に三〇〇円(税別)でお求め頂けますので、ご予約の際に、お申し付け下さいませ。
*お料理はすべて税抜きの料金となります。
      
 二五00円コース/
         先付け・串焼き・揚げ物・
         酒菜・止椀  
 三〇〇〇円コース/
         先付け・造里二種・焼物             
         揚げ物・酒菜・止椀
 三五〇〇円コース/
         先付け・造里二種・焼物             
         揚げ物・酒菜・煮物・止椀
 四〇〇〇円コース/
         先付け・造里三種・焼物             
         揚げ物・箸休め・お凌ぎ
         煮物・止椀・デザート
 その他、様々ご予算に合わせて承ります。



  
B!
  

たけやだより vol.43 その2

(またまた パグゾー君) 
 遅い時間に夜食を取っていると、パグゾー君すっと擦り寄ってきて座ります。どこに居てもよく聞こえるんですね。
心を鬼にして?「何もあげないよ」という姿勢を貫いていると、ペタンと腹ばいになって、
テーブルの下にあった自分の食器をカラコロいわせながら遊んでいましたが、すぐにイビキが聞こえてきました。
そうですよね。さっきまでグーグーと大きなイビキをかいて寝ていたんですから、眠いはずですよ。
ふと見ると、皿をくわえたままイビキをかいているんですよ。笑ってしまいました。
 小さい子供がご飯を食べながらコックリコックリと寝てしまうのに似ていますね。
 パグゾー君は鼻の上に皮が乗っかっているので、その皮と鼻の間にミゾがあるんです。
そのミゾのところに炎症が起きて、病院に連れて行きますと
「パグ犬の宿命です!」
おまけに目が飛び出しているので傷も付きやすく、それも合わせて「パグ犬の宿命です!」
 ほんとうに手のかかる、お金のかかる、時間のかかる、愛すべきパグゾー君です。
でも、家族になってくれてみんな喜んでいます。
 おっと、ひとりだけ一番小さい孫娘が
「可愛いけど怖いからどうしても近づけないよ」と嘆いていますが・・・。 



  
B!
  

たけやだより vol.43

(コンサート)
プロの演奏家とご一緒させて頂くチャンスは以前にもありましたが、一緒になって曲作りをするという体験は初めてでした。
私達は素人の琴弾きですから、プロの演奏家の前座を務めるだけだという意識でしたし・・・。
それでも「入場料が発生するので、あんまり下手な演奏じゃあ申し訳ないから、合奏練習だけはしようね」というくらいの考えだったんです。
ところが一回目のリハーサルの時、尺八の大家は私たちを前に、とっても難解な「水たまり理論」なるものを展開されたんですよ。
判ったような判らないような。たとえ頭で判ったつもりになったとして、
それを自分の演奏として表現することは、とてもかなわないなぁ、というのが皆さんの実感だったと思いますね。
 実はその時思ったんです。
「この先生、本気で私たちにそんなことをさせるつもりなんやろうか。弾くだけで精一杯。
とりあえず楽譜通りに間違えないように。
せめて人に迷惑をかけないくらいは頑張ろう! くらいにしか考えていない私たちを、そこまで引っ張ってゆくつもりなんやろか?」

(吉田松陰)
 私に頂いた曲もあったんです。
「吉田松陰」という曲で、弾き語りの曲なんです。昔々、私に、この曲を自分の主催するコンサートで弾いて欲しいと言った友人が居ました。
 本当に困ってしまって、どうやって弾いたらいいのか。その頃私はまだ三十代だったと思います。吉田松陰のことを調べて、
人物や歴史的な背景はなんとなく判ったものの、もうひとつ何かしらぴんと来なかったんですね。それで、
店主に「松蔭神社に行ってみたい」と頼みますと、快く、夜中に車を走らせてくれたんです。
早朝の松蔭神社は、なんとも清々しい空気に包まれ、どこまでも明るく、空は澄み切っていました。
その時、「松蔭は幸せだったんだ!」という想いが突然こみ上げて来ました。どこまでも
透明で、赤心に溢れ、まっすぐな志、幼子のような無垢な心を一度に感じていました。
それまで考えていた「小さな狭い部屋に押し込められた可哀想な人」ではなかったんです。
 あれから長い年月が流れましたが、いつも、この曲を弾く時にはあの松蔭神社の竹林の間から見える青い空が浮かびます。
 かの尺八の大家は、私に何かを教えてくれるのではなく、私の中からいろんなものを引き出そうとされているようでした。
「楽譜は参考までにして、あとは自分の想いを大切にしてください」との言葉に、心はほっとうなづいていました。
 曲の最初の出だしのところは尺八のソロなんですが、その音色を耳にしたとたんに、私は
自分がかつて見た景色が浮かんできて、その音色に導かれるままに、弾き唄っていました。
 尺八の調べは音だけでなく、絵まで送って下さったんです。さすがにプロ中のプロですね。

(ひとつになって)
 この体験をしてから、「雪月花に寄せて」という合奏曲を一緒に弾く仲間と、曲に対するイメージや自分の想いを存分に語り合う時間を重ねました。
そうする中で、お互いを深く知るきっかけにもなりました。
 ソロの部分を弾く人達は、ふつう、孤独です。
他のメンバーはその部分はホッとしている時間でしょうか。
でも、全員で話し合うと、曲全体を自分のものとして考えられて、「その一部分を誰かがソロとしての働きを担うんだ」ということが判ってくるんですね。
ですから、ソロを弾く人をひとりにさせないんです。弾かなくても一緒に弾いているんです。
そうやって当日を迎えたのですが、演奏自体は褒められたものではないのですが、私にとってはとっても素敵な時間でした。
みんなでひとつになっている、すごい!っていう感じです。
ですから、たった一度の舞台ですが、この時にしかできない演奏だったと思います。
だからまた味をしめて一緒にやりたくて、新しい仲間を迎えながら、時々集まって合奏を楽しんでいるわけです。とても絆を感じています。



  
B!
  

たけやだより の原稿

梅雨の日々に紫陽花の花は良く似合いますね。

皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。
梅雨の晴れ間を睨んで洗濯物に追われるこの頃です。

早いもので、もう、たけやだよりの季節です。
7月には発行予定ですので、皆様からの
投稿をお待ち申し上げております。
宜しくお願い申し上げます。



  
B!
  

たけやだより vol.42 その3

 《心が見てる?》
 ある朝厨房のガス釜の前にしゃがんで、ご飯が炊ける様子を見ていました。
ふたがボコボコ言って、中から生姜の香りが漂ってきます。
もうすぐ炊き上がる様子です。
「よく頑張るなぁ」と、ふと思いました。
「息子が頑張っているなぁ」とは思うことはあっても、ガス炊飯器が頑張っているなぁなんて思ったことが無かったですからね。
そう思った自分も不思議でした。
目線を変えるというのはよく耳にする、「子供と同じ目の高さで」という言葉くらいの認識でしたが、
子供だけでなく、そのもの自体をまっすぐに見つめることなんでしょうか?
 大人になるとほとんどの「モノ」を上から見ています。
そうして、自分より上の方にあって手の届かないものは、見えにくいので「あっても無いこと」にしてしまっているなぁとも思います。
その「モノ・者・物」が伝えてくることを、しっかり受け止められたらいいなあと思いませんか?
 例えば、傍にあった醤油や酒が何かを言うかといえば・・・・ どうかな?と思いますが、
この時、私には「意気揚々と出番を待っている」ように感じてしまいました。
 そうか、相手ではなく「私の心」がそう感じているだけなのか。
でも感じたのは私。
このことを大切にしましょう。
千人いれば千人が全く違うことを感じ、思うわけですからね。
オンリーワンの私が感じてしまうことを大切にすればいいんですよね。
 ただ、本当のことをしっかり見極められるように、
感性を鋭く、そしてもちろん心も浄化しなくちゃ!ですよね。
 まだまだ道は遥か~~。



  
B!
  

たけやだより vol.42 その2

 《岐阜のモーニング》
 実は今回の旅行は夜行高速バスを利用しての長旅から始まったんです。
「移動時間を出来るだけ夜にして、日中は目一杯活動する」という主旨のもと強行軍となりました。
 長崎を夜の八時前に出発、翌朝七時過ぎに名古屋。岐阜には八時に着きました。
出迎えてくれた「息子のような存在」のセイちゃんに、例の「モーニング」をご馳走になったんですよ。
佐世保では茶店でモーニングという習慣はあまり聞かないのですが、愛知県や岐阜では普通ですって。
 「主人は主人の友人グループとモーニング。妻は自分の友人たちと、別のところでモーニング。
だいたい週末はそんな感じよ」と同窓会でも耳にしました。
いろんなモーニングの形があって、中には茶碗蒸しや味噌汁、煮物まで付くものもあるそうです。
それでいて五百円からおつりが来るそうです。
「休みの朝は小さい子供たちを連れて、一家でモーニングに出かける」と、話しは聴いていたけれど、
凄まじいと感心しました。地域の違いを実感した次第です。
 でも、「普通の喫茶店をしていたころは良かったけど、モーニングを始めたらどんどんエスカレートして、結局、店がつぶれちゃってね。」
という声も聞きましたが、そうだろうなと思いました。
岐阜に行ったら食べたいと思っていたのは「中華そば」と「中華飯」(ちゅうかはん)でした。
モーニングを頂いた後にも拘らず、例の「息子」に「中華そば食べたいけどなぁ」
と言うと連れて行ってくれました。
 「ラーメン」というのは九州に来てから知った言葉です。
それまで私は、シナチクの入った「中華そば」または「五目中華そば」が大好きで、学校帰りに友人たちと食べたりしていたんです。
そして、中間、期末試験等で、早く学校から帰るときには「中華飯」。
今はもう無い、丸物デパートの近くの中華料理店で頂いたものです。
九州に来たらそれは「中華どんぶり」に名前が変わり、ウズラの卵の乗らない別物でした。
ですから、あの昔の「中華飯」を食べたいと思っていたんです。そうしてようやく、同窓会の翌日、お昼に頂きました。
こうしてひとつひとつ願っていたことが実現していったわけなんです。
 大切なおまけ?もありました。
 私は昔むかし、高橋歌菊先生に琴の手ほどきを受けて今に至っているわけですが、
せっかく岐阜に行くんだからお逢いしたいと思いつつも、
予定も立てられず、連絡なしに伺うことにもためらいがあり、結局諦める事にしました。
 ところが、例の「中華飯」をご馳走になるために予定した店に向かう途中に、なんと歌菊先生のお宅を発見したのです。
もうびっくりしました。
道も広くなっていましたし、辺りには昔の面影は全くなく、私はどの道を歩いてお稽古に通っていたんだろうと思うほど、変わってしまっていたからです。
ひと目だけでもお逢いしたいと思いチャイムを鳴らしました。
先生は突然の来訪を喜んで下さり、少しの時間を惜しむようにお話ししました。
当時、四十七年くらい前ですが、週に二回も通っていたんですね。
先生はそれはそれは母親のような優しさで教えてくださいました。
練習嫌いで気まぐれな私がまだ続けていられるのは先生のお陰です。



  
B!
  

たけやだより vol.42 その1

《初めての同窓会》
  四十五年も前に卒業した中学の同窓会に出席するために、はるばる岐阜まで行きました。
親しい友人とは何度か折々に会うことはあったのですが、学年で一緒の同窓会は初めてでした。
 「会える時に会っておこう」とか、友人が「あんたが参加するなら私も行こうかな」とか、様々な思いに押されての参加でした。
顔が判らず名札を見てお互いにびっくりして、「わあ~」とか「きゃあ」とか、
もうあの頃の男子と女子に戻っていました。
 そうした中で、やはり二次会に行くんですよ。各々のクラスで何人かのグループが出来たり、
又、三年の時ではなく一年の時のクラスメイトの集まりを呼びかけるグループ。
私は何の予定もない、身ひとつのこと、どっちにも参加です。
本当にびっくりしたのは、中学一年の時のクラスメイトです。
もう四十六年も前のことなのに、詳しく覚えている人もいて、少年少女だった頃の話題でもちきり。
 最初はおぼろげだった記憶が少しづつ思い出される中で、皆の顔も浮かんできて、懐かしさでいっぱいになってしまいました。
 私は生意気な女の子だったらしく、「君に言われたひと言が胸にグサッと刺さっている」
といった男子の言葉に申し訳ない思いでいっぱいになりましたね。
 皆さんそれぞれに、六十年間生きてこられたわけで、それはそのお顔に刻まれているようでした。
時は平等に私達の上に流れ、オリジナルのオンリーワンの人生を歩んできたんだと実感しました。
 「年令以上に老けている人はいなかったよねぇ」と、あとで感想を話してくれた友人もいたのですが、
まだまだ六十歳は若いです。これから頑張って働くぞという意欲に満ちていると感じました。
同窓会って凄い力を持っていますね。
何かこう、新しい出発が出来そうなほど揺さぶられました。



  
B!